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【人生相談】なかなか現実が変わらない。

日本に滞在中は、神社仏閣などの聖地巡礼をルーティンにしている私。

今週は、京都に滞在しながら各地をひらひらと巡っております。

世界遺産にも認定されている和歌山県・丹生都比売神社や高野山。

京都・大原の寂光院や三千院、嵐山などを気の向くままに。



【大切なメッセージは聖地にあり。】

降りてきた言葉たちは、必要な方々へとお伝えしています。

(ぜひInstagramをフォローして聖地パワーをお受け取りくださいませ。)


さて、そんな今回の聖地巡礼でのキーワードの一つは<諸行無常>

コロナウイルスという疫病の蔓延で、変わったこと・変わらずにはいられなかったことはありませんか?

自分の意思、もしくは自分の意思とは関係なく何らかの変化があなたにも訪れたのではないでしょうか?

「変化」というのは、目に映るものに限らず「思い」でしたり「信念」なども含みます。


そして、この非常事態に限らず生きている限り変わらないということはあり得ませんから、それらを柔軟に受け入れる覚悟を持つことが必要で、それをイマ私たちは試されているのだと感じます。

(コロナ離婚や会社の倒産、失業なども全て大切なことに気づくための出来事ではないか、と。)


常にこの世は変化をしているという諸行無常という考え。


私が生きる上で最も大切にしている教えで、今までもその観点から様々な問題に対して「生きるヒント」となるようメッセージ発してきましたが、こちらのブログでも改めてシェアしていけたらと思います。

 

お悩み『変わりたいのに変われない自分が嫌になります。いったい何がブロックなのでしょう?』


同じ悩みを永遠ループのようにグルグルと考え、いつまでたっても状態が変わらず、何の変化もないということは…


この世に存在する以上、とっても不自然な状態であることにあなたは気がついていますか?


この世は、諸行無常。


変わらないというのは、変わらずにいる術を常に選択しているということ。


「変わらない」と決めない限り、変化を免れることなんて無理なのです。





コップに入れた水も時間が経てば蒸発し、コップから無くなりますよね?


変わることが当然なこの世界で、なぜあなたは変われない?変わらない?

答えは簡単♫

あなたは「変わらないように」常にコップ(心)に、水(不安という名のエネルギー)を継ぎ足しているのです。


少しも減らないように見張りながら、少しでも不安が減って状態が変化しそうになったら「新たな不安材料」を注ぎ込んで、変化を拒んでいるのです。

もちろん「変わること」には、良い変化もあれば、好ましくない変化もありますからね!


ある意味での防御反応。

健全な働きなのかもしれません。

なのですけれど、「やりたいことがあるのに」「見たい景色があるのに」もかかわらず、変化が起きないということはストレスにもなり得ますよね?



変わることを恐れ、変わらない為の働きをすること、そろそろ自覚しやめませんか?



今より幸せになることも「変化」の一つなのです。


「変わることが悪いこと」だと思い込んでいると不幸でいること・不満な状態を維持しようとするものです。



(DVを受けている女性がなかなか彼と別れられない理由は、環境が変わることへの恐れや、もっと悪いことが起こるかもしれないという幻想。そして、幸せになることへの恐怖からだったりします。)



それらに気づき手放すために私がいます。


天女のやっていることは、一度そのコップの中身に溜まってしまった水〔不安〕を空にすること。


コップの中身が空になることで選択肢が広がるものです。また満杯に水を貯めても良いし、その中身を変えても良い♫

どうせだったら苦味のある不安や恐れより、甘さのある愛や安心で満たしてみてはいかがでしょう?


コップの中身は減っても良いし、増えても良い!!



執着や思い込みを手放して、もっと軽やかに生きることを楽しみましょう。



ふふ♡何だか訳が分からない話になってきましたので、今日はここまで。

とにかく、自然に生きていれば変化は起きるということ!

変化を恐れず肩の力を抜いて生きることをお勧めいたします。


オンラインセッションでは、各地を飛び回る天女といつでも繋がり必要なメッセージを得られます。


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あれから10年。 10年前に被災地で生まれた甥っ子は 朝からニュースに出演。 (密着取材を10年間受けています。) 岩手に住む息子は、 黙祷を捧げるために沿岸へ。 私は仙台で生後間もない娘のお世話です。 忘れないこと、伝えること。 そして、未来へ繋がる命と向き合うこと。 それぞれが、それぞれの過ごし方を。 だけれど、心はあの日に寄り添っています。 毎年3月11日は何とも言えない気持ちになりますが、